起業家として必要な資質を引き出す、
ビジネスの“成功”と“失敗”を知るメンター
求人サイトなどを手がけるディップ株式会社の進藤圭氏は、東京都主催の起業家アクセラレーション施設「ASAC」のメンターです。学生時代に2度の起業を経験、ディップ入社後も数々の新規事業を生み出し、多くの起業家と関わってきました。進藤氏いわく「成功する起業家は2種類に分けられる」とのこと。その真意に迫ります。
起業成功から一転、背負った多額の借金ーー。波乱に満ちた大学生活
起業による“成功”と”失敗”。そのいずれも、ディップ株式会社で新規事業開発に携わる進藤圭氏は、学生時代に経験しています。
進藤氏がはじめての起業したのは、大学1年生の時。学生を対象にしたイベントを運営する会社でした。
進藤氏 「正直、ノリで起業したような感じでしたね。起業を考えている学生に向けたイベントや、サークルのビジネ スマッチング、企業の採用イベントなどをやりました。そうしたイベントを、学生の金銭的な負担なしに開催しようと、企業の協賛を集めていたのがきっかけです。私が2年生になった頃、事業を買い取りたいというオファーがあり、売却しました」
事業売却により得た資金を元手に進藤氏が次に手がけたビジネスは、「外国製家具のドロップシッピング事業」。インターネット上で家具の注文を集め、海外から家具を発送してもらうというビジネスです。
進藤氏 「大学生の頃、周りに留学生がたくさんいましたが、彼らは法律上、アルバイトをできる時間が制限されていて、お金に困っていたんです。そこで、彼らの親などから家具を発送してもらい日本で販売すれば、ビジネスになるし、留学生のお小遣い稼ぎにもなるかな、と思って新たに起業しました」
ところが、この2度目の起業が大失敗。売れ残りの在庫とともに、学生が背負うには大きすぎる借金を背負った進藤氏は、大学に残り、借金完済を目指して居酒屋バイトリーダーなどのアルバイトに明け暮れる日々を過ごします。
やがて借金を完済すると、大学生活も6年目。進藤氏は、卒業後に進む道として、「起業」ではなく「就職」を選びました。それは、大資本を用いたビジネスへの興味があったから。そこで、子どもの頃から好きだったレゴブロックをヒントに、イチからマンションやビルなどの建物をつくりあげていく大手ゼネコンの入社を目指すことに。ところが……。
進藤氏 「ゼネコンでインターンをしたんですが、私がチェックしていた建築仕様書に書かれていた完成予定が、12年後だったんです。私にとってはいくらなんでも遠すぎる(笑)。あらためて自分を顧みると、短い時間軸でたくさんのことを生み出すことが好きだったので、志望業界を建築からスピード感のあるIT業界に切り替えることにしました」
そうして進藤氏が入社したのが、求人サイトなどを運営するディップだったのです。
社員の秘めた力への気づきと、新規事業の成功を体験
「スピード感を持って、大資本を用いた大きなビジネスに取り組んでいきたい」。
そんな思いを抱いてディップに入社した進藤氏は、人事や営業の業務を経て、新規事業に携わります。新たなビジネスを構築するうえで彼が意識したのが、「新規事業に携わる社員の力を引き出す」ことでした。
進藤氏 「新規事業に配置される社員は、当然のことながら新規事業の経験などない人ばかり。そこで、彼ら一人ひとりとコミュニケーションを取り、どんな可能性があるのかを考えるところからはじめました」
その後、エンジニアのマッチングや人材派遣業など、色々な事業にチャレンジした当時を振り返り、進藤氏は「学生時代の居酒屋バイトリーダーのアルバイト経験が役に立った」と語ります。さまざまなタイプの人の能力に合わせて、適切な配置をしてきた経験が生かされたのです。
やがて、いくつか立ち上がった新規事業の中でも、とくに顕著な成果を生んだのが、看護師転職サービス「ナースではたらこ」です(2018年現在も継続)。「ナースではたらこ」は、開始3年で、15億円の売り上げに成長。その背景にあったのも、やはり“人の適性を見出したこと”でした。
進藤氏 「広告営業でイメージされる語り上手な「外向的」世界と違って『ナースではたらこ』のような人材紹介業においては、顧客に寄り添って話を聞く能力が必要です。語り下手な「内向的」メンバーも活躍できる事業モデルがマッチしていたのかなと思います」
新規事業で、進藤氏が目にしたのは、かつて既存事業では活躍できていなかった社員も、自信を取り戻し活躍する姿でした。中には、実績を認められ、一度離れた部署に管理職として戻る人もいました。
進藤氏 「彼らには、『元いた部署で結果を出せなかった』という過去の失敗体験があります。成功と失敗の両方を知っているわけですから、マネジメントにおいて“強み”になるんです。私としては引き抜かれていくので、悔しい気持ちもありますがね(笑)」
利害関係がないからこそ、スタートアップの
ビジネスをより“加速”できる
新規事業を生み出していく中、進藤氏は「新規事業をつくる方法は、ひとつではない」と気づきます。少子化などの影響で人口が減少傾向にあり、科学技術の進歩によりロボットに仕事を任せる時代が来ると考えたからです。
そこで進藤氏が着目したのが、AI(人工知能)と、スタートアップ企業と“一緒に事業をつくる”こと。AIに特化したニュースをAIが集めるメディア「AINOW」や、スタートアップ関連のニュースに特化した「Startup Times」を始め、社外との関わりを増やしていきました。
これらの運営のため、時には進藤氏自身も取材をすることに。そこで出会ったのが、東京都が手がけるアクセラレーション施設「ASAC」でした。
「東京都」という公共セクターが関わる、今までにない視点で起業家を支援するASAC 。興味を持った進藤氏は、ASACが提供するアクセラレーションプログラムに足を運びます。
進藤氏 「それまで、アクセラレーションプログラムというと、プログラムを提供する側と受ける側であるベンチャーのあいだに温度差を感じていたんです。ところが、ASACの様子を見ると、メンターやスタッフが高い熱量でコミットしている。これは“面白い!”なと」
さらに進藤氏が感じたASACの特徴が、メンターの多様さ。東京都が主体となっていることによって、あらゆるジャンルの人が利害関係なく関わることができる点にも魅力を感じ、2016年11月からメンターを務めることになりました。
そんな進藤氏が考える、自身のメンターとしての役割はーー。
進藤氏 「人材業の経験を持つメンターの方は少ないので、この知見で何かお役に立ちたいと思っていますし、過去の起業経験に基づくアドバイスもできると考えています。ただ、『指導者』というより、あくまでも対等でいたいと思っていますので、意識としては、『壁打ち相手』という感じです」
メンターとして引き出すのは、
すでに備わっている起業家としての“資質”
多くの起業家と関わる中で、進藤氏は成功する起業家に“共通する資質”を見出します。それは、「粘り強さ」「商売人としての嗅覚」「人間としての魅力」です。ところが、これらの資質を備えているにもかかわらず、自覚していない起業家も多いとのこと。
進藤氏 「メンターとして、そういった起業家としての資質を言葉にしてあげる仕事のひとつと思っています。言葉で伝えて意識させるだけでも、資質は伸びていくんですよね。ASACの受講生は、5ヶ月間のプログラムを経て、人間的に成長していくのを感じます」
ASACの受講生にとって、「起業」はゴールではありません。立ち上げたビジネスを成長させ、長く継続させるために必要なことがあります。
進藤氏 「成功する起業家は、“超グリード”か、“超ピュア”なんですよね。私がASACの受講生に感じるのは、ピュアさ。ASAC生は社会課題を解決していきたいという、ピュアな志を持った人が多い。本当に強いのは、“ピュア”な人なんです。少ない給料にも我慢できますしね(笑)。世の中のために課題を解決したいという強い想いがあるからこそ、ビジネスを成功させられるのだと思います」
“自分が本当にやりたいこと”に向かって突き進んでいく人が増えることが、私の一番の願いーー。
そう語る進藤氏のまわりには、これからも多くの起業家が、それぞれの想いを分かち合い、志を高めていくことでしょう。